社長ブログ

防災の日に、いつもの暮らしを考える ~ 備えるのは、モノだけではない ~

2026.09.01

 9月1日は「防災の日」です。毎年この日になると、非常食や飲料水の備蓄、防災バッグの中身、避難場所や避難経路の確認など、「もしものとき」に備えることを考えます。学校に勤めていた頃には、避難訓練もありました。「地震が起きたらどうするか」「火災が発生したらどこへ避難するか」。子どもたちと一緒に、普段とは違う緊張感の中で訓練をしたことを思い出します。でも、歳月を重ねるにつれて、「防災」という言葉から思い浮かぶものも、少しずつ変わってきたように思います。防災というと、何か特別なものを準備することのように考えてしまいますが、本当は、もっと普段の暮らしの中にあるものなのではないでしょうか。そんなことを考えるようになりました。

 熊本では大規模な地震が発生し、千葉や石川、福井などでは豪雨による被害がありました。さらに海の向こうのネパールでも、氷河の崩落に伴う土石流や洪水によって、多くの人々が被害を受けています。ニュースの画面に映し出されるのは、今暮らしている場所から遠く離れた風景です。それでも、そこで暮らしていた人々にも、私たちと同じように「いつもの朝」があり、「いつもの道」があり、「いつもの家族との時間」があったのだと思うと、決して遠い出来事には感じられません。被災された方々には心からお見舞いを申し上げるとともに、亡くなられた方々のご冥福をお祈りしたいと思います。
 災害のニュースを見るたびに思うのは、「いつもの暮らし」というもののありがたさです。朝起きて、窓を開ける。家族と「行ってきます」「おかえり」と声を交わす。いつもの道を歩き、いつもの場所で仕事をする。そんな何気ない一日が、実は決して当たり前のものではないのだと気づかされます。そして、災害が起きたときに支えになるのは、非常食や水などの「モノ」だけではありません。近所の人の顔を知っていること、普段から挨拶を交わしていること、困っている人がいれば「大丈夫ですか」と声をかけられること。以前このブログで書いた「おたがいさま」という言葉も、そんなところにつながっているように思います。困ったときには助けてもらい、自分にできることがあれば誰かを助ける。そんな普段の小さなつながりが、いざというときには大きな力になるのではないでしょうか。

 そして、もう一つ。私たちを取り巻く「自然」のことです。近年は、猛烈な暑さや記録的な大雨など、これまでの経験だけでは語りにくい気象現象も増えています。天気予報を見ていると、「偏西風の蛇行」という言葉を耳にすることがあります。上空を流れる偏西風の状態によって、暖かい空気が長く居座ったり、雨雲が同じ場所に停滞したりすることがあります。もちろん、一つひとつの災害を単純に「地球温暖化のせい」と決めつけることはできません。気象にはさまざまな要因が関わっています。それでも、地球温暖化によって大気や海洋の状態が変化し、極端な高温や大雨などが起こりやすい環境がつくられていることを考えると、私たちの暮らしと地球環境は決して切り離せないのだと思います。遠い国の氷河の変化も、どこか遠い世界の話ではありません。地球という一つの星の上で、空も海も大気もつながっています。そう考えると、自然に対して、もう少し謙虚でありたいと思います。私たちは科学の力によって、天気を予測し、災害から身を守るためのさまざまな技術を手に入れてきました。それは素晴らしいことです。でも同時に、人間の力ではどうにもならないほど大きな自然の営みがあることも、忘れてはいけないのではないでしょうか。以前、「畏敬」という言葉について考えたことがあります。自然の大きさや、自分たちの力の限界を知ることも、畏敬の一つなのかもしれません。

 地球環境について考えると、2015年に採択されたパリ協定の「1.5℃」という目標にも思いが向かいます。世界の平均気温の上昇を、産業革命以前と比べて1.5℃に抑える努力をするという、地球規模の大きな目標です。自分一人が電気を少し節約したところで、地球全体が変わるわけではない。そんなふうに思ってしまうこともあります。でも、よく考えてみれば、地球規模の問題だからこそ、最後は一人ひとりの暮らしに戻ってくるのではないでしょうか。冷房を適切に使う。使わない電気を消す。食べ物を無駄にしない。物を大切に使う。必要以上に買わない。できるときには歩いてみる。地域の自然を大切にする。どれも、とても小さなことです。「こんなことで何になるのだろう」と思うほど小さなことかもしれません。それでも、世界中の人が少しずつ暮らし方を見つめ直すことによってしか、大きな目標には近づいていけないのだと思います。
 防災も環境問題も、どこか似ているところがあります。災害が起きたときに自分の命を守ることも大切です。しかし、それと同時に、次の世代が安心して暮らせる環境を残すことも、私たちの役割なのではないでしょうか。今を生きている私たちだけではなく、まだ会ったことのない未来の子どもたちのことを思う。そう考えると、「おたがいさま」という言葉は、隣に住んでいる人との関係だけではなく、未来の人たちとの間にも成り立つのかもしれません。今を生きる私たちが、未来の人たちから借りている地球を、少しでもよい状態で渡していく。そんな気持ちもまた、防災につながるのではないでしょうか。<令和8年9月1日 NO.60>

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